自分の罪

なんということをさせてしまったのだろうと自分の罪はどれほど重いことであろうかと悲しい日として向かいます。と同時にですね。この十字架のおかげで私は救われたのでこんなにあの苦しい十字架をものともせずに私を救おうとしてくださった作ってくださったイエス様ものことを思うと嬉しくなります。もう来ないだろうなんと強い愛だろうその救い思うと喜びの人なります。なので喜んでいいものやら悲しんでよいものやらいや両方だと思うそれがこの家の主であるかと思います。まあでも復活のイースターを前にしてこの話を覚えて私は今日は喪服でまいりました。本当にイエスともの子を思いを重く受け止めそして古き人を一緒になってみんなで葬り去ってしまうそう思ってそういそうけつして今日ここに喪服で立たせて頂いております。ちょっと初めての方もいらっしゃるかと思いますので今日ちょっと説明します。と今日は終了の人います。今日から17週が始まります。